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「剣の宝庫 草薙館」の開館に向けて 福井款彦

第二回 神道から見た刀剣(二) 日本刀事象の神道的解釈

武器でない刀剣の用途

 日本刀の概念規定、すなわち「日本刀とは何ぞや」という定義は意外に難しい。単に日本で作られた刀剣とするシンプルな考えから、鎬造しのぎづくりで反りがあるといった形状的解釈、和鋼で鍛錬して硬軟二重構造の造り込みで焼き入れ加工をし、尚且つ美術研磨が施されていなければならないという独自の制作技法や美術刀剣論的なものや、単に武器の一つというものまで実に幅広く様々である。勿論、この様々に論じられるのは、各々が何処に立脚しているのか、その認識によって微妙に変わるものである。それらは実のところ日本刀に対する各自が持ち合わせている価値観の違いによるものであり、逆説的にはその事を知る上ではまことに興味深いものがある。
 一般的な日本刀の誕生については、その独自で最もスタンダードな形状、すなわち鎬造で反りがある形(弯刀)が出来上がった頃とされ、それは平安時代中期(10C)頃と考えられている。その視点に立っても既に千年以上の歴史を有している。様々な考えが出てきて当然であり、そこには、それまでの精神性が息づき、歴史の流れとともに取捨がなされている事も確かである。百年程度の近代化の中だけで考えていては到底その真意には近づけない。
 今回は、「刀匠」「手入れ」「鑑賞」という日本刀事象について、神道的解釈を試みたい。あらゆる事象には背景(起因や環境)がある。その事を見直せば自ずからに拠って立つところが明らかになると思うからである。

刀匠 その理念的イメージの背景

 刀を作る鍛冶職人を普通は「刀鍛冶」とか「刀工」というが、「刀匠」という呼称には既にその技術や仕事への敬意が多分に含まれているようである。先ずは、そうした視点で理念化された刀匠のイメージを見てみよう。

神前に設えられた仮設鍛錬所

神前に設えられた仮設鍛錬所。
注連縄が張り巡らされ、
奉納に先立って祓を受けている。
三方の上には玉鋼、陰灯中には神前から
戴いた浄火が入っている。

 彼らが刀を作る鍛錬所には注連縄しめなわが張り巡らされ、不浄なるものの立ち入りを拒み、そこが尋常でない神聖な場所であることを示しています。また、鍛錬所内には必ず神棚があり、そこでは鍛冶職の祖神や守護神と考えられている神々が祀られ、作業にあたり敬虔な祈りが捧げられます。その祈りは恐らく、作業の無事完成と共に、自らが持てる技倆以上の成果を期待し、神々にその助力を祈るものではないかと考えられます。また、仕事に取りかかる前に潔斎、即ち飲酒や肉食を一定期間禁じ、沐浴したり瀧に打たれるなどして心身を浄めるとの話しを聞くこと少なくありません。鍛刀作業には火種が必要不可欠ですが、それは神前の灯明から戴いたり、ひうち(火打)すなわち切り火を用いたり、さらに和釘を打って発する熱からとるなど所謂「浄火」とされる清浄な火種を用いるもので、所謂火替・別火という信仰に基づくものでしょう。鎚や金敷かなしき等の道具類を跨ぐことは固く禁じられ、火力アップに欠かせぬ風を吹き込むふいごという装置は殊に神聖視されており、ここにも注連縄を張りめぐらせています。刀作りに火や風と共に重要なのが水であり、焼き入れには欠かせません。焼入れの水を湛えた水槽を船といいますが、そこにも注連縄をめぐらせる場合もあり、神聖な水である事を示しています。

奉納鍛錬の焼入れに用いられる船

奉納鍛錬の焼入れに用いられる
注連縄が張り巡らされた船

 幕末以降には□□神社の神火・神水を以て焼入れたなどと銘入れした刀剣をしばしば見ますが、その事で、一層御神威が付与されているのだと強調しているのでしょう。

桑名の刀工三品廣道の刀、多度大社の斎火で鍛えた旨の銘が切られている。

桑名の刀工三品廣道の短刀、
茎(ナカゴ)に多度大社の斎火で鍛えた旨の銘が切られている。

 このような状況下で作られるのですから刀剣が単なる刃物であるわけがないという考えになり、また、刀匠自身も作刀する上で必ずしも実用性だけを念頭に置いたのではなく、所持者に神の守護あることを念じ、或いは使わずして事の決する程の神聖な作刀が目標であったという類の逸話も少なくありません。
 例えば後世の作り物だそうですが、よく耳にする話しで、作者の異なる二振りの刀を川の上流に刃を向けて突き刺し、流れてくる落ち葉が一つには当たって見事二つに切れ、もう一つには落ち葉が刃を避けて行ったということに対して、「落ち葉が避けた刀は名刀正宗、正宗が刀を鍛える心中とは常に平和を祈願していたからで、これこそが武の本意である」などと解説される内容の如きものです。
 多くの日本人が刀匠と彼らが鍛える刀剣に対して持っているイメージとはこういったものではないでしょうか。
 今日、文化庁の承認を受けた刀匠は約二百名ほどです。しかし、彼らが作刀だけに専念することは難しく、需要の少ない事にも起因しますが、生活上他職を兼務しなければならぬ場合が殆どです。著名な刀匠でも生活様式の大きな変化もあって、現実は必ずしも上記の通りではありません。けれども刀剣を道具(=武器)として必要としない現在でも作り続けている彼らの存在自体、一般の人々には驚愕の事実かも知れません。名刀の再現とその技術研究を目指して、その世界に身を投じる人は今も少なくありません。
 真っ赤に燃える鉄の塊から、優雅にして力強く精気漲る美しい刀剣を生み出す刀匠、錬金ならぬ錬鉄の技術を持つ刀匠を、古くから今日まで我々日本人はシャーマン的・聖職的イメージで捉えていた証しであり、刀匠自身も名刀を残した先人に恥じぬように自らを律し、所持者の幸福を念じ、その仕事の意義を確信し日夜精励しているのであります。
 刀匠が刀を鍛える鍛錬所、そこに見られた注連縄、神棚、潔斎、浄火・浄水などという日本の伝統的信仰(=神道)の種々要素が、時に刀匠自身の世俗化に一線を画し、自覚や神聖性を育み、理念化されたイメージを支え、助長していると考えられます。

手入れ その科学とシステム

 次は手入れについて考えてみましょう。
 鉄は空気(湿気)に長く触れると酸化、即ち錆びます。通常の鉄製品は錆び付けといって、表面を良質の錆などでコーティングして酸化を遅らせ防いでいるのですが、日本刀は鉄鍛造品であり、しかも表面を綺麗に研磨してありますので、同じようには出来ず、「折れず曲がらずよく切れる」と評価される反面、放置すると錆び朽ちやすいという弱点があり、この錆が日本刀にとり一番の大敵であり、その予防のために普段(鑑賞しない保存時)は刀身の表面に薄く刀剣専用の防錆油を塗って刀身が直接空気に触れないようにしてあります。しかし、油も時間が経てば乾燥凝固して酸化するので、長期間放置すると錆止め油が逆に錆の原因となる場合がありますから、適当な期間で油を塗り替える必要があります。こうした一連の行為を慎重確実丁寧に施すことがお手入れであり、その定期的な繰り返しによって日本刀は、錆び朽ちやすいという弱点を克服し、高温多湿という日本の風土にあっても、今日までその輝きを失わずに伝えてきたのであります。そして、日本刀の保存と伝世とを考えるとき、このお手入れが重要な鍵を持っているのです。

	「目釘抜き、打ち粉、拭い紙、丁子油」

手入れ具
(目釘抜、打粉、拭紙二、刀用油二)

 熱田神宮の場合、江戸時代まで毎年七月七日に宝物風入かざはめ(=虫干し)神事が行われ、宝物の点検と共に専門の研ぎ師を交えて手入れが施され、この時期に限って事前に申し込めば研究者や好事家等にも拝観を許可していました。恒例の神事でしたから一年に一回です。しかしその為、長年にわたり専門家により繰り返し手入れが行われて来たわけであります。 これが熱田の刀剣にとっては真に幸いでした。熱田神宮が鎮座する名古屋の夏は特に蒸し暑いことでも有名、ましてや神宮の鎮座する宮宿は渡しも近く潮風も吹きますが、神事として衆目が環視する中、毎年繰り返し手入れが施されたことにより、経年による劣化や流失を最小限に抑えたのではないかと考えています。この神事としてのサイクルと慎重さこそが、伝世のための最良のシステムであり、刀剣そのものが神の依坐よりましとの性格を有する意味をも踏まえると手入れは神事に等しいのではないかと考えているわけです。
 また、思いかけずも刀身が曇ってきたり、錆を生じさせてしまった時は、素人が無闇に手をつけることは禁物で、必ず専門の研ぎ師に任せます。錆は軽度の場合なら殆ど元の姿を損なわず、地刃にその輝きを取り戻します。私が鑑定を教わった師は「曇りや錆を罪・とがけがれと解するならば、研磨とは刀剣の禊祓えである」と仰られました。私も同感であり、この観点からさらに申せば、手入れとは曇りや錆が生じないように行う予防であり、所謂「未発の禊祓みぞぎはらえ」にあたると言えましょう。

神宝風入神事図

神宝虫干しの様子
「熱田神宮年中行事絵巻」下巻

鑑賞 作法とその精神作用

 三番目は、鑑賞の作法とそれがもたらす精神作用です。
 日本刀(刀身)を鑑賞するのは何故か?この素朴な質問を自問自答し、また愛刀家の知人等に尋ね、その返答を聞いていると興味深いことに気づきました。
 そもそも鑑賞とは、芸術作品が発する良さを理解し味わうことですが、具体的にはこれまでに書物などで学んだ「美」を中心とする見どころを、実物で確認するという意図が先ず挙げられます。また、人によっては、その刀匠すなわち作者や所持者の歴史背景にまで思いを馳せているようでもあります。しかし、そのどちらにしても鑑賞時の精神状態にまで踏み込んで聞いてみると、殆どの方が「心が落ち着く」とか「勇気が出てきた」という返事が返ってきました。このことから直ぐに結論づけるには無理がありますが、私は日本刀には見る人の心を落ち着かせ、勇気づける力があると考えています。
 神道の行法に「鎮魂ちんこん」というものがあります。鎮魂には、昂ぶる心を静める「タマシズメ」と、沈滞すさんだ心を奮起させる「タマフリ」の二種があると言われ、神祭等大事の前に魂をそうした状態に導くことが目的です。これは日本刀鑑賞時の精神状態に類似します。またその方法には、剱をはじめ鏡や玉や比礼ひれ(領巾)という布帛などの様々な神宝を用いて行う場合があったようです。以上の類似点から私は刀剣(=日本刀、以下同じ)の鑑賞という行為の中に、この神道の鎮魂的要素が少なからず存しているのではないかと考えています。

物部氏の鎮魂行法を伝える石上神宮

物部氏の鎮魂行法を伝える石上神宮

 もちろん、美しいモノには元来こころ和ます力があるでしょうから、それが刀剣に限ったことでないのは言うまでもありません。しかし、綺麗に装飾するためという純粋美学に近い一部の拵(外装)などとは異なり、武器とされた刃物である刀身の姿や材質、そこに見られる働きといわれる微細な変化や相違、さらに実用性本意の堅牢な拵えに対しても美と心とを見出してきた日本人の美意識は他国には比するもの少なく特異であり、呪具としての影響もあるのではないかと考えています。

『松崎天神縁起絵巻』

『松崎天神縁起絵巻』(部分) 山口県防府天満宮蔵

 ところで、人が刀剣を見ている古画は意外に少ないのですが、比較的よく知られているものに十四世紀初めに描かれた『松崎天神縁起絵巻』の一カット(挿図)があります。そこにみられる人物は国司播磨守有忠ですが、彼の鑑賞姿からは、別段畏まった様子はありませんし、力んだ猛々しさや戦(いくさ)前後の殺伐した雰囲気など微塵もなく、ただ穏やかで落ち着いた雰囲気が漂っているようにしか見えず、まことに興味深いものです。
 次に有名なのが『刀剣美術』誌創刊号の表紙(挿図)を飾った田能村竹田の「亦復一楽帖」中の「観古宝剣図」でしょう。近代では従軍画家として異彩を放つ小早川秋聲の「日本刀」(挿図)などが筆者の思いつくところです。

『刀剣美術』誌創刊号表紙

『刀剣美術』誌創刊号表紙

 時代背景や作者の意図も各々異なりますが、描かれた人物の心に引き込まれる感覚がするのは筆者のみでしょうか。ともかく、刀剣鑑賞の絵画もそこに刀剣が存在することによってより心象的作品となっていることは間違いないようです。
 そもそも、今日の刀剣鑑賞や手入れには、茶道のように、家元によって明確にキチンと決められた所作等はありません。ただ、鑑定や研ぎを専門とする人々によって、長い年月をかけて、その理に適い自然に出来上がったほぼ共通する作法が存します。それは、張り詰めた緊張感の中で、手慣れていても決して雑ではなく、流れるような所作は、まことに美しいものであります。理に適わぬ思い込みの激しい身勝手な所作等は、決して受け入れられず、自然淘汰されて行くのでしょう。(注「刀剣鑑賞作法の基本と理由」参照)

小早川秋聲「日本刀」

小早川秋聲「日本刀」1940年京都霊山護国神社蔵(日南町美術館寄託)

 それはまた、自然宗教・民族宗教と言われ、特定の教祖や開祖という創唱者がいない神道や、急激な近代化の中で見直され日本人の精神生活に大きな影響を与えてきたという武士道と同じように思えてなりません。
 以前、とあるご婦人が、お亡くなりになったお父様のお刀持参で、質問にお見えになりました。お刀を拝見し、質問にお答えしてお刀を納めてお戻しした時に、「父を思い出しました。凜とした静寂の中で一人、手入れしている父が目の前にいるようでした。その姿が何も知らない子供ながらに好きでした。」と仰られました。お父様とは勿論面識はありませんでしたが、お刀の取り扱いには何か共通するものを感じ取って頂いたのでしょう。不文律ですが、この様に厳然と弁別することのできる日本的な感性は大切で、それを自覚させてくれるのが日本の刀「日本刀」なのかも知れませんし、海外の人々の日本への関心をも惹起させる存在なのでしょう。
 以上、些か主観的な解釈となってしまった事は否めませんが、少なくとも「刀匠」「手入れ」「鑑賞」という日本刀事象に見られた神道的思惟思考に類似する要素の存在が、長い歴史の中で、その精神的側面を育み支える要件の一端を担っていた事に違いないと考えています。日本の刀剣が日本刀と呼ばれるとき、そこには以上の様な心の働きも作用していることを認識する必要があるではないでしょうか。

(文化研究員)

次回は「奉納刀 熱田宝刀の事例」

※(参考 日本刀鑑賞作法の基本と理由)

 筆者が、四十四年前に刀剣鑑賞会に初めて参加した時、親切な先輩方から注意を受けたことに、今日までに得た知見を加味して鑑賞の姿勢というものを記すと以下の通りです。

 日本刀は、元来は武器で、よく切れる刃物ですから、一般の刃物と同じように取り扱い(特に授受の時)では鋒や刃を人に向けないようにすることは常識でしょう。勿論、振り回すような構えや動作は厳禁です。出来るだけ物を動かさないようにするのが鑑賞の基本であります。
 手入れの時にも記しましたが、日本刀は地と刃が綺麗に研ぎ澄まされています。折れず曲がらず良く切れる反面、美しいがゆえに意外と疵付きやすいものでもあります。口に懐紙をくわえて鑑賞や手入れをしている姿を目にしたことがあるかと思いますが、これは刀への敬意と共に錆の原因となる息や唾が掛からないようにしているのです。
 意外に忘れがちなのが身につけた時計や指輪、ネクタイピンなどの金物類、これは外して鑑賞すべきですし、毛氈などの厚めの敷物を敷き、汚れのない専用の刀枕かたなまくら袱紗ふくさなどを用意して、小さなきずも決して付けないようにと細心の注意をして鑑賞するものです。
 そうした意味で掃除の行き届いた部屋、出来れば畳の座敷が相応しく、洋間で立っての鑑賞ならば、ふんわりした絨毯を敷いた部屋がよいでしょう。起こってはいけませんが、もし床に落とすといった粗相があった時、最小限に毀損を抑えられるからです。
 鑑賞にあたっては、軽く一礼してお刀を手にします。持って良いのは柄(茎)部だけです。研がれた刀身は決して素手で触れてはいけません。不安なら用意された袱紗などを用い、刀身を受ける様に軽く当てて鑑賞しますが、この時袱紗で刀身を拭うような所作は厳禁です。
 先ずは姿をじっくり拝見し、次に地すなわち地金と刃文などを鑑賞します。何度も記しますが、物の動きは出来るだけ少ないように心がけて下さい。
 一通り拝見したら静かにむねの方から(反りの深い太刀などは鋒が机に当たらない様にやや斜めから)枕に置き、柄から手を静かに離し、軽く一礼して下がります。
Z拝見中の会話も厳禁、その場でメモすることもよくありません。総じて鑑賞会場は静かであり、ガチャガチャとした音が聞こえてきたら無作法の証しです。